071757 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

★☆自分の木の下☆★

★☆自分の木の下☆★

7.茜の気持ち

                                  




                                ≪ララ≫↓
 森の奥深くで、その男は息を潜めて身を隠していた。一本の杉の木から見渡す森の世界は、ひどく静かだ。しかし、一見何の生物の存在も感じさせないが、いたる所にこっそりと息づいている様様な生き物がいる。その一つに混じり、自然と統合した男は、いかにもサバイバルルックな格好は、汚れてボロくなっていた。
 木の幹の上で上手く体を固定し、瞬きも忘れ、ある一点に凝視する。その場所では、丈の高い草むらが揺れていた。真剣な表情の中、その男の挑むような野性的な目が何かを見つけ、細められる。その瞬間、男は口元をほころばせ、笑った。
「みぃーつけた……」
 そう言った後、男は一瞬のうちに木から飛び降りた。足から地面へと落ちていき、軽やかに着地する。その浮遊感を感じているうちに、握り締めていた拳を、目の前にいる、いのししの顔へと放った。確かな手ごたえを感じて胸が興奮で踊る。
「はッ……!」
 すかさず、体を捻り、お腹を足で蹴る。それの手ごたえと共に、いのししの重い体が吹き飛んだ。それを見届けて、荒い息を吐き出すと、男は天に向かってガッツポーズをした。
「いよっしゃ……! やりぃ! 今晩はしし鍋や!!」
 嬉しそうに笑って、鼻歌を歌う。倒れているイノシシを担ぐと、男はこりゃ大物や、と弾んだ声で呟いて歩き出す。しばらくして、川べりに付くと一旦いのししを置き、川に近き、覗いた。青い目に、金髪の男が、見つめ返す。その顔の上に手を付け、水を掬い上げると男は汗ばんだ顔をあらった。締まった細めの顎から水が滴り落ちて水面に波紋を作る。その度に水面に映っている顔が不思議に歪んだ。
「そろそろ……」
 また一滴水滴が落ちて、顔が不確かなものとなった。男は、濡れた手で前髪を掻き揚げると、青い空を見上げた。
「そろそろ帰るか……」
 男は立ち上がった。少し離れた場所に立つ、黄色いテントの方に歩いていく。中に入り、鍋などが入ったバックのミニポケットから一枚のくたびれた写真を取り出す。そこには、紛れも無いブラックリストの六人が映っていた。今より一年昔の頃の写真。そして、その六人に混じり、茜に抱きつこうとしている、自分の姿。
「今行くで、ライバル総司。井上晴貴、武者修行の過酷な一人旅の成果をとくとお見舞いしたる。……そして、愛しの茜ちゃん! いんっや~。楽しみや~」
 男は軽快な歌を歌いながら、鍋を取り出した。ついでに言うと、今歌っている鼻歌は、晴貴作詞作曲、『愛しのメドレー・今日も俺は茜色の夕日を見つめる』というタイトルである。




 第62回俺の屍を超えて行け体育大会途中、全校生徒達は昼食を食べていた。昼休みが終わるまで、まだ三十分は余裕がある。E組は家にも帰らず、学校でほとんど徹夜の練習をしていたので、もちろんお弁当なんてなかった。だが、困っていた所に、校長による放送が入り、弁当普及と言われ、今はそれを食べている。
「うまっ、うまっ! この紅鮭最高! ああ、肉団子おいしー! ジュウシ―! セクシー! ファンシー!! やっぱ沢山動いた後には、お腹空くよねぇー。 ああ、おいしい! くはぁー……校長太っ腹! 三段腹!」
 茜が弁当を傾けながら、次々と口の中に食べ物を放り込んでいく。どうして物凄い勢い良く食べながらこれだけ話せるのか謎である。しかも、何気に言っている事、物凄く謎が多い。
 茜の横では、椿がゆっくりと食べていた。そして近くに、優雅と鈴菜が同等お弁当を食べている。浩也は自分のお弁当は後回しに、給仕コーナーでお茶を配っていた。
「茜ちゃん、そんなに早く食べたら喉つまらしちゃうよ。それに、この前魚を勢い良く食べて、喉に骨が刺さったでしょ」
 椿が心配そうに茜に話しかける。
「うん、確かにあれは大変だった……」茜は一旦食べるのを止め遠い目をした。「痛くて、バイトできなかったからね。病院行くお金が勿体ないし、でも働くどころじゃなかったし……。私の人生これで終わりかと思った……」
 いつでも、いつまでも生活費ギリギリのライン崖ッぷちの茜である。
「大げさね」
「だね」
 鈴菜が肉団子をお箸で掴みながら言って、優雅も同意する。視線の先の茜は、またお弁当にかぶりついていた。
「食べる速度変わってないし」優雅が言う。
「だってー! お腹すいてたんだもんー。憎き恨めし総司が私のアンパンを食べちゃったから」
 茜が最後の一口をごくりと飲み込み、ごちそうさま、と手を合わせる。椿はある人を探して、視線を彷徨わせていた。
「あれ~? その総ちゃんがいないよ? アンパン食べたからお弁当はいらないと言って、トイレに行ったきり帰ってきてないのかな」
「あれ? そういえば。遅すぎのような」
 茜も周囲を見渡す。すると、鈴菜がこちらを複雑な顔で見ていることに気づいた。茜が、なんだ? と思っている内にその表情は何事も無かったように拭い去れ、いつもの淡々とした表情に戻っていた。それでも、まだ目線はあったまま。茜が口を開こうとしたが、
「ちょっと総司連れてきて。もうすぐ午後の打ち合わせ入るから、ヨロシク」
 と、鈴菜が先を取った。何となく有無と言わせないその鈴菜の言葉に一瞬たじろいだ茜だが、直ぐに頬を膨らました。
「えー、さっきのアンパンの恨みまだ晴れていないのに……!」
「お弁当食べ終わった人が行くべきでしょう」
 あっさりと返された。茜はまだ不平を言いたげにしたが、直ぐに諦めて立ち上がった。椿と目が合う。
「ごめんね、茜ちゃん~。よろしくデス」
 茜の顔が歪んだ。そのまま、溜め息を付き歩き出す。
 実はさっきの二人三脚パン食い競争から、どうも総司が苦手だった。あの時は、アンパンを取られたショックですっかり忘れていたが、今更ながら妙に恥ずかしい。だいたい、総司がいきなり抱き上げたりするからいけないのだ。いつもは、叩くとか、蹴るとか、頬をつまむとか、そういう時しか触れることはない。それをいきなり……。
「……」
 二人三脚パン食い競争の時言われた、総司のセリフが茜の頭の中で木霊する。
何が、さっきまで大人しく俺に抱えられてたってのに、だ。何が、俺に見惚れていた、だ。いきなりあんな事されたら、誰だってビックリする。それを勝手に見惚れていたとか、下半身男が勝手な想像をして。
 それにしても、思い出しては腹が立つ。
 茜は総司を探し歩きながらも、自分でも分からない、妙ないらつきが心の中に、じわじわと広がっていくのを感じていた。





 茜は呆然と7メートル先の光景を見ていた。
 校舎裏の人気のないイチョウの木が並んでいる場所。過去、茜がもっこりなどの異名を付けた金魚たちの墓近くの段差で、総司が座っている。その上には茶色い髪をパーマで爆発させた厚化粧女子生徒が甘えるように乗っかっていた。美人だが、とても濃い。二人の距離は非常に短く、総司の顔の直ぐ横に爆発厚化粧女の顔がきている。
 クスクスと色香のある笑い声を出しながら、爆発厚化粧女が、総司の耳に湿った息を吹きかける。総司が、お返しにとばかりに女子生徒の耳元に唇を落した。前に聞いた、総司の来るもの拒まず、というのは本当らしい。爆発厚化粧女はくすぐったそうに首をすくめた為、同時に、背中に回していた手の力が弱まる。その手を逃さないとでも言うように、総司は女子生徒を押さえて、引き寄せた。
 茜は渋い顔をした。何をするつもりだ、さっさと見物人がいることに気づけ。
「いいの? こんな所でさぼってて」
「そっちこそ」
 総司が不敵に笑う。
「彼氏ほったらかしで、俺といちゃついて……」
「彼氏より、よっぽど、総司のほうがかっこいい」
 茜は身動きが取れなかった。固まったまま、二人を見る。
 さっさと、邪魔をして、総司を連れて行けばいいじゃないか。あたしには関係ないし、どうせ二人とも遊びなはず。特に総司は手当たり次第手を出す、飢えた獣男だ。打ち合わせがあるんだから、と総司を連れて行けばいい……。しかし、足に根が生えたように動かない。
 茜が固まったままのその時、さらに女がのっかかるようにして、総司の顔を固定し、そこに自分の顔を持っていった。
 茜の口が『あッ』との悲鳴の口でまた固まった。
 キスをするつもりだ!
爆発厚化粧女の唇が、総司の唇まで落ちていく。目をつぶっている女に対して、総司はそれが当たり前のように目を開けながら無表情だった。
「ちょっ……」
 自然に口から声が漏れる。
「ちょっとまったー!!!!」
 触れ合うまで、後数ミリの寸前で、二人の動きが止まる。爆発厚化粧女はビックリしたのか、小さい悲鳴をあげて総司から離れた。しかも、茜と気づくと慌てて逃げて行った。人を猛獣か何かと勘違いでもしているのか、とっても失礼な反応だ。
「なんだ、茜。何か用か?」
 邪魔されたことに怒るでもなく、総司は平然と聞いてくる。別に驚いた様子も無い。
「よ……、用って……」
 この時になって、茜は咄嗟に叫んだことに後悔をした。勝手にキスさせればいいのに、直前で止めるなんて、まるで総司がキスするのがイヤだから見たいだ……。何だかすごい恥ずかしい。しかも、今は二人っきり。顔が一気に赤くなる。そんな茜を見ながら、何故か総司はにやにや笑っていた。
「よう……そう、用! 鈴菜が打ち合わせするから、テントに来いって。だから、そう、だから……ええーい、だから止めたの! さっさとテントに戻っ……って、ててて、な……何……?」
 茜が視線を彷徨わせながら、必死で説明をしている中、総司は座っていた姿勢から起き上がると、茜の方に歩いてきた。そして、人差し指で茜の顎を持ち上げて顔を覗いてくる。
「そ、そそそそ……総司?!」
「おまえ、耳まで真っ赤だぞ」
「な……! う、煩い! この、下半身獣男!! 手当たり次第手、付けるなんてぇ! 女の敵……」
「向こうからよってくるんだよ、お前こそ、人のことずっと覗き見して、そんなに気になったわけ?」
「き……気になっている?! ちちちち、違う!」
 一瞬、心臓が爆発するかと思った。見ていたことがバレていたことより、気になるという言葉に必死で否定しようとする。手に嫌な汗がじんわりと出て来た。
「ふーん」
 総司が納得してない、と言いたげな顔。
「と、とにかく、早く来てよね! さぼってないで……」
「あかね……」
 次の瞬間、茜は本気で、気が遠くなりかけた。
 これは、どういうことだろう?
 総司の整った顔が物凄く近くに来ていた。サラサラのこげ茶の髪が目先で揺れる。ふんわりと香水のいい香りが漂ってくる。驚きに見開いた目が、総司の吸い付くような黒い目と重なった。男なのに色気のある唇が、確かに笑う。その口についつい目が離せなくなった。
 その、形のよい顔が、目が、口が近づいてきて、その次には、頬にやわらかい違和感。そして、濡れた感触。
「ふんぎゃ――――!!!!!」
 気づいた時には、頬にキスされた。しかも、何か舐められた。
「キ……キキキ……キス?! しかも今、舐めた? ねぇ、舐めた?! ななななななな何するの!」
 目の前の、総司の顔に怒鳴る。きっと、一瞬のことだったんだろう。その一瞬が、イヤに長く、精細に覚えている。総司の舌の感触とか、感触とか、感触とか……。
「それぐらいで驚くな、おこちゃま。して欲しかったんだろ?」
 総司は、不敵にそんなことを耳元で呟いた。
「し……してって……?! ふ、ふざけんなぁー!」
 茜は、うろたえる自分に、されたことに、恥ずかしくて、叫んだ後、すぐさま総司を突き放した。ひと睨みしてから、走って逃げる。校舎の角を曲がって、総司からは、直ぐに茜の姿が見えなくなった。
「くっ……くくくくく……」
 残された総司は、それを見守った後、突然おかしそうに笑い出した。
「あいつ、真っ赤……」
 もちろん茜の顔色のことだ。手で隠しているが、普段以上に楽しそうな笑みは隠せていない。総司は、茜が去って行った校舎の角へとテントに戻るため歩いていく。その顔は、何かとっても面白いおもちゃを見つけたとばかり、嬉しそうだった。





「信じられない、あのエロエロ河童。もうムリ、ムリムリムリムリ、ほーんと、ムリ。普通あそこで、キ……キスとか。しかも、な……舐めたりとか。散々下半身獣とか言ってきたけど、やっぱり間違っていなかった。うん。ていうか、忘れよう。犬にでも舐められたと思って……。そう、犬だよ、目付きの悪い黒いデカイ犬。きっと散歩中にメス犬襲いまくってんだ。有害、年中発情期男! はんっ、ちょっとばかし、ほんのちょーとばかし見た目がいいからって……。絶対あいつ、総司のやつ、そのうち、あの可愛い妹まで手をだすんじゃ……」
「ど……どうしたんだろう茜ちゃん」
「さぁねえ」
 茜がテントへ帰ってきて直ぐ、校長から呼び出しがかかって、全校生徒は今、運動場朝礼台前に集合していた。別に並ぶ様子は無く、みんなバラバラに好きな者同士集まって校長先生が朝礼台に上がってくるのを待っている。そして、丁度運動場の真中に、茜と椿と鈴菜がいた。三人の女子の周りには、ぽっかり穴が空いたように、誰も近寄ろうとしていない。それもこれも、突っ立ったまま、ブツブツと小さな声で話し続ける茜を、皆が遠巻きにしているからだ。茜が総司が帰ってくる前に椿と鈴菜を連れて、さっさと移動してしまったので、総司と浩也と優雅は別の場所にいる。
 校長が、朝礼台に上がって来た。服装が変わっていた。サングラスは、水中ゴーグルとなり、頭には水泳帽子がしっかりはめられている。服は……。
「あれって、モンゴルの民族衣装~?」
 布の頭の部分に穴を開け、かぶったような服だった。しかし、何故か、ものすごく綺麗な純白の布だった。さり気にスカート。
「ポンチョマタニティードレスね」
 鈴菜が椿の問いに答えた。何のことか分からないだろう椿にさらに続ける。茜は校長が朝礼台に上がったことも気づかず、ほのかに赤い顔で、まだブツブツ言っている。
「ポンチョは、モンゴルの民族衣装にそっくりなもの。でもあの色はありえないけどね。マタニティードレスは、婦人用ドレスって意味。ポンチョ風婦人用ドレス。とうとう校長、ドレスにまで手を出してしまったわね」
 ポンチョマタニティードレス姿の校長先生が、マイクを胸の部分から取り出した。胸のふくらみが少し減った。
「えー、ご飯を食べ、エネルギー補給が済み、体力があまり余っているであろうが……」
 皆ヘトヘトである。
「はっきり言っちゃって、最初予定されていた道理の競技をこのまましていったら、時間が足りない!」
 校長は、オーバーな泣きまねをした後、鼻をかんで、また話し出した。
「とゆうことーでー。次の、超難問借り物競争と、妙な障害物リレーを合わせて、超難関、邪魔いっぱい借り物リレーとします!」
 鈴菜が、やっぱり、と呟いた。想像道理だったらしい。





「おい、見ろよ」
 校長が妙ちくりんな姿で朝礼台に上がった時、総司が指差しながら浩也と優雅に話し掛けた。
「あの校長、とうとう女装してしまったぞ、次はきぐるみか?」
「衣装、凝りましたねー」
「写真とっとこ」
 優雅が写真を撮る。フラッシュが一瞬輝いた。それを見て、浩也が首を曲げた。
「おかしいですね、カメラ没収されたんじゃ……」
「インスタントカメラをこっそり持っていたんだ。こんなに萌えッ子達のシャッターチャンスがあるのに、カメラ無しじゃやっていけないよー。あ、くれぐれも椿ちゃんには内緒ね!」
 そのまま、数回女の子をカメラに収めながら、優雅が言った。
「しかしあれだな、校長今回は帽子被ってるから、頭は光らないで、歯だけ光ってる」
 総司が言った。いつもは、頭と歯の二つが眩しい。
「本当だ、歯だけ光ってるね」
 カメラのレンズ越しに見ながら、優雅が返事をした。浩也がビックリしたように校長を見た。
「え? 鼻毛光っているのですか?」
 惜しい! 二文字違いだ。
                                                                     ≪ララ≫↑




                                                                     ≪イチ≫↓
「で、鈴菜しゃん。今回はどういったメンバーで挑むの? 流石にこのリレー競技には、僕たち全員は出れないよね?」
 あの後、自分達のテントに戻ってきてから休む間もなく パソコンを打ち続けている鈴菜の手元を覗き込みながら優雅は聞いた。
「そうですよね、さっきから競技に出てるのは、茜さんと総司の2人でしたし……」
「あ、俺この競技パスな。この競技考えたのハゲだろ? アイツの脂ぎった厚くてぶっとい手の上で踊らされるのは超カンベンー? みたいな」
 浩也の言葉に総司は気怠げそうに言う。しかも、ちょっと懐かしいコギャル(死語)風で……。その総司の物言いに真っ先に反応したのは、言わずもがな茜だった。
「ぎぃやーっっ! きもっ!! まじキモッッ!! アンタみたいなんが超とか使うな! つか、その口調で喋るなっ!!」
 そういいながら茜は、頻りに腕をさすっている。茜の態度に気を悪くしたのか総司は右眉を少しつり上げた。が、ふと何かに気を取られたかのように視線をそらした。
「?」
 反撃のない総司を警戒してか、ファイティングポーズを取ったままの状態で、茜も総司の視線の先を追って後ろを向く。
「? 何よ……なんにもンなッ!? いだっっ!!!!?」
 後ろに気を取られていると急に頭に痛みを感じ、前につんのめった。いや、これは引っ張られたのだ。そして、こんな事をする人物は一人しかいない!
「いきなり何すんのよっっ」
 茜は、髪の毛を引っ張った張本人の方へ、鼻息も荒く振り返る。すると、そいつは茜の予想していた いつもの人を馬鹿にしたような見下し笑顔ではなく、思いがけない真剣な眼差しとぶつかった。
「え?」
 心臓の辺りがドキッと一つ、跳ねた。
(ドキ?)
 なんだ ドキって?
 顔が赤くなっていくのがわかる。目を逸らしたいのに逸らせない。さっきの女の人と総司のシーンを思い出して、我知らず口元を見てしまう……。
「オマエ……」
 総司の形の良い唇から、低くて心地よい声が紡がれる。茜は、その一つ一つすべてに魅入った。
「髪の毛、傷んでるぞ。」
「は?」
「「「「はぁ?」」」」
 総司の突拍子のないというか、随分間の抜けた台詞に、茜どころか、今まで存在を忘れ去られたかのように、息を潜めて事の成り行きを見守っていた二-E全員が、ヘンな声をあげた。目はモチロン、点だ。
「イヤ先刻から気になってたんだけどな、オマエ枝毛多いな。ちゃんとケアしてんのか?」
 周りの反応もどこ吹く風で、総司は茜の髪の毛を掴んでチェックしている。それに引き替え、茜はというと……
「っこ……」
「ん? どしたバカネ??」
 肩を震わせ、俯いて表情の見えない茜に気づき 総司が下からのぞき込む。その途端、まるで富士山が噴火したかのように茜が動き出した。
「こンの男わぁあぁあぁあぁぁぁぁっっ!!!!」
 そう叫ぶと茜は、総司に掴まれていた髪の毛を、思いっきり頭を振って取り戻し総司を指さしていった。
「紛らわしいこと、しないでよっ!」
 その言葉に総司は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐにいつもの あの意地の悪い笑みを浮かべて茜に尋ねる。
「“紛らわしいこと”ってなんだよ、ア・カ・ネ?」
 わざと茜の肩を抱き、耳元で囁いてみる。ちゃっかり最後は、フッと耳に息を吹きかけるのを忘れずに。
「ふっぎゃあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁああっっ!!!???」
 案の定、茜は凄まじい雄叫びをあげると総司の手を振りほどき、数メートル先の木の陰に隠れて、フシューフシューと威嚇をしている。
「ホラホラ。総司、茜で遊ばない。茜もいい加減諦めて慣れなさい」
 そんな二人を鈴菜が窘めた。が、ポイントがどこかズレてるのは気のせいだろうか?
「リレーメンバーが決まったから、発表するわよ。まず、第一走者・陸上部の保坂圭祐。第二走者・サッカー部のマネージャー 水野茉莉。第三走者・新聞部の斎藤瑛太。…………そして、最終走者・青桐茜……任せたわよ」
 そういってパソコンの画面から顔をあげた鈴菜の目は、限りなく恐ろしかった……。リレーメンバーとして名前をあげられた面々は、黙って顔を縦に振るしか出来なかった。
 ♪ピンポンパンポーン。と、どこにでもある呼び出し音と共に、先程とは違う人の声がスピーカー越しに流れる。

『さて、放送部が謎の退場をしたため僭越ながら、この俺・北花高校生徒会長様である遠海 咲耶様が、この競技のルール説明 及び解説を致します。尚、反対意見は受け付けないのであしからず……。あー、選ばれた哀れなスケープゴー……もとい、リレー選手は十秒以内に入場門にきやがれ』
 
 半分、脅しの入った生徒会長の言葉に、リレー選手は我先にと入場門へと急いだ。飄々とした風貌に拘わらず、ゴーイング・マイウェイな言動で学校生徒全員(教師も含む)を恐怖に陥れる生徒会長様のお言葉に、逆らうモノは誰もいない。むろん、BlackListナンバーも例外ではない。何故なら生徒会長様は、ここの学校の校長の次に偉い人なのだから。

『それでは、ルールの説明に入ります。この【超難問、邪魔いっぱい借り物リレー】は名前の通り、リレー選手は自分が取った紙に書かれたモノを持ってゴールしてください。そしてリレー選手以外の全校生徒は、敵チームのリレー選手がゴールしないように邪魔をします。色仕掛け、呪い、落とし穴なんでもありの障害物。ただし、犯罪行為になるようなことは控えてくださいねー。特に、二-Eの林クン、愛刀で邪魔な人=嫌いな人をこれ幸いにと殺っちゃわないように』

 名指しをされ、苦笑 いをしつつ愛刀を撫でる浩也の横で、鈴菜が小さく舌打ちしたのが聞こえた。

『もし仮にそんなことが起こった場合、学校側・もしくは生徒会会長は一切の責任を持たない心構えなので、各個人で始末してください。……あとなんか言っとくコトあったか? え、ない? ……OK??……あー、それでは次にコースの説明に入ります。スタート地点はココ、北高グラウンド。そこから300メートルいったところに生徒会特製☆★ナイスな借り物リストペーパーが置かれているので、それをとって 中に書かれているモノを探し出してきてゴールだ。その間、他クラスからの妨害が絶え間なく襲いかかるが、そこは持ち前の気力と体力でなんとかしてくれ。じゃ、健闘を祈る』

 生徒会長は言うだけ言うと、ブチッと放送を切ったのだった。





「それではァ位置について、よォーい……」
 ガゥンッと普通の体育大会ではまず考えられない銃声が鳴り響いた。それと同時に、横一列に並んでいた第一走者たちが一斉に走り出す。わぁっ……と広がる歓声の中、再び生徒会長の声がグラウンドに響き渡る。

『さぁ、始まりました。【超難問、邪魔いっぱい借り物リレー】トップを飾ったのは以外や以外、二―Aだ。走者は、“舞姫の登場人物・エリスを好きになりました”というコメントの田中 正樹クン。いやー、物好きな……。……あれ? 一人足りなくないか?? ひー、ふー、みー、よー……、あーっと、ここで皆さんに悲しいお知らせがあります。先程のピストルで約一名、流れ弾が当たった模様です。倒れたまま動かない人物……あれは、二-Dの藤堂クンですねー。……なあ、これって学校側の責任になるのか?? ……しかァーし競技は彼を取り残して、着々と確実に繰り広げられていくーぅっっ!!』

E組の隣のテント、D組では密かに藤堂クンに対する黙祷が行われていた。




「つか、誰か早く保健室につれてけよ」
 思わず、総司は突っ込んでいた。横では、その様子をおもしろそうに、しかし椿からは死角になる位置で優雅は写真に収めながら言う。
「いやー、あれはもう病院でしょ」
「その割には、救急車を呼ぶ気配がないですね」
 という浩也の指摘に、E組の生徒は辺りを見回す。確かに、誰一人として電話をかけている姿勢を見せない。むしろ、この体育大会の様子をムービーに収めて他校にいる友達に送っている人間が多数いた。
「それだけ、さっきの生徒会長の言葉が効いたんでしょ?」
 悔しそうに眉を数ミリ上げながら鈴菜が言う。よほど悔しかったのだろうか、パソコンを叩く音に合わせ、キーボードがバシバシと悲鳴をあげている。
「さすが、生徒会長だね~♪でもちょっと、誰かに似ているような……」
 椿はそう言って、ちらっとある人物を見遣る。それにつられて他のメンバーもそちらを向いて、そういえば……というような顔つきをした。
 一方、いくつもの視線を向けられた総司はさして気にするまでもなく、「何だよ?」とふんぞり返った顔で見返す。その疑問の答えを解明したのは鈴菜だった。
「似ていてもおかしくはないわね……。だって、総司と会長は従兄弟同士ですもの」
 鈴菜のさらりとした爆弾発言に、その場にいる全員が一瞬固まり、そして絶叫した。
「「「え゛え゛ぇぇぇぇぇえぇええぇえぇえぇっっっっっっっ!!!!!!?????」」」
「あら、言ってなかった?」
 どこまでも冷静な鈴菜の言葉で、いち早く回復したのは浩也である。
「いっ……言ってないですよ! 聞いてません!!」
「ちなみにオレと鈴菜も従兄弟ですっ♪」
 そういって、いきなり背後から現れたのは さっきまで競技の解説をしていた北花高校生徒会長だった。
「どうわっちぇーぃっ?! かっ……かかかかかいちょーっ!! 驚かさないでくださいよ!」
 奇妙な雄叫びをあげて、優雅は浩也の背後に隠れた。
「フフフ……敵に背中を向けるなんざ、まだまだ……」
「一体、なんのハナシですか……」
 呆れたような浩也の突っ込みを気にせず、会長は浩也が腰に差していた扇子をいつの間にか手にして、それで口元を隠しながら飄々と笑っている。
「それより会長、さっきのホントですか?」
 可愛く小首を傾げて尋ねたのは、言わずもがな 椿だ。椿のその仕草につられて、会長も小首を傾げて聞き返した。
「ん? 敵に背中を……ってヤツ? そうだなーァ、あれはオレがまだこの高校に入ったばかりの頃のことだった……」
「違いますよぉ☆鈴菜ちゃんと総ちゃんのイトコって話です」
 自分のボケを遮った椿の笑みにも動じずに、会長は話を続ける。どうやら、会長には椿の黒いオーラは通用しないようだ。
「あぁ、ホントだよ。っつっても、大したことないじゃん。ただ、オレの父親の弟が総司の父親で、その妹が鈴菜の母親なだけじゃん」
「え? ……えぇ?」
 優雅の頭の中では、会長の言った言葉が、こんがらがって まぜこぜになっているらしい。しきりに小さく、ブツブツ呟いて頭の中を整理しようとしている。
 その横では総司が、どうでもよさそうに欠伸をしていた。分かり易く教えてやる気は微塵もないらしい。そんな優雅を見かねて鈴菜が簡単に説明してくれた。
「あーハイハイ。だから簡単に言うと、生徒会長の父親と総司の父親、そして私の母親が兄妹ってことよ」
「「「あぁ、なるほど!」」」
 どうやら、浩也も椿も分からなかったらしい。総司は相も変わらず、欠伸をしている。
「ほら、理解できたならもういいでしょ、会長も。解説を放って何故ココへ?」
 両手を二回鳴らして、鈴菜は周りにいた野次馬を蹴散らす。鈴菜の両手を二回鳴らす行為は、『これ以上、野次馬根性するつもりなら その首飛ばすわよ』である。なんとも侮れない女だ。しかし、その鈴菜に臆することなく会長は、彼女の冷ややかな視線を笑みでかわし、言った。
「ん~? 可愛い妹分である鈴菜の悔しがる顔を人目見ようと思って。あと、解説は放ってないよ。だってもうみんな借り物リストを手に入れたからさ、今度は中継方式に放送を進めないと状況がわかんないだろ? だからこのオレが直々に出てきてやったのさ」
 最後はカメラ目線でウィンク。どこまでも芸が細かい会長である。
「それでサク、一体どんなモノを借り物にしたんだ?」
 総司の何気ない疑問に会長は、口の端をつり上げて笑う。その様は、まるで水を得た魚のよう。つくづく、総司と鈴菜の従兄弟だと言うことをそこにいる人間全員が確信した。




「ねぇねぇ、総ちゃんと鈴菜ちゃん、あと生徒会長が従兄弟だっていうハナシ、茜ちゃんには黙っておこうよ♪」
 椿の提案に、優雅はどうして?と尋ねる。それに対する返答はこうだった。
「だって、その方がおもしろいから」
 この椿の一言で、茜に 篤川総司、黒沢鈴菜、遠海咲耶の三名が従兄弟であることを教えてはならないという箝口令が敷かれたのは、また別のお話し……。





 2年B組の坂本 有香は正門へと続く桜坂をひたすら登っていた。正門へと続く桜坂は急斜面となっており、初めて入ってきた新入生の二五%はこの坂の辛さに登校拒否となることが多い。それ故に、この桜坂は別名『地獄坂』と呼ばれている。 そんな坂を必死で登っている彼女の右手には生徒会特製☆★借り物リスト、左手には、そのリストに書かれていた品がしっかりと握られていた。
 有香が借りてくるように命じられたのは、『桜坂の下の売店に住んでいる桜沢トミ婆さん(推定八四歳)から、トミ婆さんの結婚式の写真を借りてくること』だった。
 この写真を借りるのに、有香は一時間かけて坂を下り、年のせいで耳の遠くなったトミ婆さんに用件を伝えるのに十五分、そして数十年前の写真を探すのに三時間近くかかった。さらにその後、トミ婆さんの思い出話に三十分付き合わされた。

(まったく、年寄りの話は無駄に長いんだから……予想時間をはるかにオーバーしちゃった。早く戻らないと……)

 そう心の中で思いながら走っていると、不意に視界に赤いモノが掠める。何だろうと立ち止まって確認すると、それは赤い花びらだった。

(これは……バラの花びら? ココって桜坂よね?? なんでこんなところにバラの花びらが? それに今は六月……)

 彼女がモノを考えられたのは、そこまでだった。





 ふいにどこからが聞き覚えのある曲が流れてきた。その曲は、誰でも一度耳にしたことのある曲、ルパン三世のテーマだった。
「なっ……なんでこんなところでルパンの曲が……?」
 有香は動揺して辺りを見回すと、急に後ろから優しく抱きしめられる。慌てて振り返って、自分を抱きしめている人物を見上げると彼女は固まった。何故なら、有香を抱きしめたのは北花高校女子の憧れの君・篤川 総司だったからだ。
「そっっっ総司先輩っっ!?」
 驚いて声をあげると、総司は人差し指を唇に当ててシィッとポーズをとった後、とろけるような微笑みで優しく「ん?」と聞き返す。それだけで、有香は顔を真っ赤にし興奮して気絶してしまった。
 あとに残ったのは、いつもの極悪の笑みに戻った総司とバラの花びらを巻いていたE組生徒A、あとルパンの曲を流しながら その様子を一部始終カメラに収めていた優雅の笑い声だった。
                                                                     ≪イチ≫↑


 ≪ブラウザでお戻り下さい≫








© Rakuten Group, Inc.